師匠・高柳 昌行さんとの思い出 8

いくら先生から 教えられたとは言っても そう簡単に 

自己流でギターを弾いて来た 指の癖というものは 直るものではありません。

 

そもそも 高校生で 初めてギターを手にした時 

左手のフォームとか 右手のピッキングが どのような形が正しくて 合理的なのか なんて

考えもしなかったし・・・・・

 

今から思うと 何事も 少なくとも最初の基本の形ぐらいは 

正しい先生について教わる ということは 必要でしょう、そう思います・・・・・ 

 

 

さて、高柳 昌行さんのレッスンは (最初の頃に書いたように) 

左手 右手の正しい形、合理的な形、を説明し それを 生徒は 家に持ち帰り 

一週間かけて 訓練する。

そしてレッスンで その結果と成果を 検証する ということの繰り返しになります。

だから、一週間経って 成果が無ければ また 同じ事を 一週間やらなければなりません。

それでも成果が無ければ また一週間 同じ事を しなければなりません。

この辺は 徹底していました。

非常に 厳しい人でした。

 

ゆえに 自分が練習しないと 一つも先に進めない・・・・・・・・という事に なるのです。

たかが 6、7年と言っても 自己流でギターを弾いて来た ツケは 相当大きな物でした。

僕の場合は 左手の小指が 跳ね上がると言う この癖が なかなか取れませんでした。

それでも 4ヶ月くらいかけて なんとか 超初心者的な 左手と右手の訓練も終わり

ある日の レッスンの時 「来週から 教則本にはいる。

ギター基礎技巧教本 玖島隆明著 増刷改訂版 350円

を買ってくるように。」

と言われました。

時は 1970年1月4日のことです。

 

例によって

 

『玖島ギター研究所  電話775-1234

 五反田(地下鉄ー西馬込行)-3つ目 馬込下車 

        一番ウシロ側

改札出て 右の階段昇る~~第二京浜国道~~出て左を見ると信号あり、その側の坂を上る』

 

と書いたメモ用紙を渡されました・・・・・・・

 

 

 

その時は ひとつの過程を やり終えた喜びと これからはじまる 

新しい教則本に対する 不安と期待とで 小さな胸が 張り裂けそうでした。

僕は プロのギタリストになるんだ!

 

 

 

 

 

その熱い想いを 今でも 鮮明に 思い返すことが出来ます。

 

 

 

 

続く・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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コメント: 2
  • #1

    カルロス・シモネッタ (水曜日, 07 3月 2012 16:31)

    そのころから40年以上なんですね。
    わたくしも、ジャズギターを聞くだけだったら、
    1966年くらいからですから
    早40数年聞いていますけど。
    長いようで、短いものですね。

  • #2

    カポネ (水曜日, 07 3月 2012 19:31)

    シモネッタさん

    やはり、何事も、長く続けると言う事は、努力がいりますね。
    そして、それが、好きだという、気持ちが大切なのでしょうね・・・・
    有り難うございます。