北海道阿寒郡阿寒町大字仁仁志別

あ! このお年寄りは以前見たことあるような気がする…。

静かな沈黙の中で、必死に 何処で見たことがあるのかを 思い出そうとしました。 
   
 「あ!そうだ! お母さんと一緒に『霧多布』に行った時、いた人だ!
  あ! おばあちゃんだ!! よかった!おばあちゃんだ!
」 
   
と思ったとほぼ同時に 彼女は、低い声で言いました。

 「信義、よく聞きなさい。 
  生みの親より、育ての親と昔から言います。
  今日からお前は、柘植家の長男です
」 


この人も僕の味方じゃないんだ…。
と、思い、淋しさと悲しさが、一気に膨らんだ気がしました。
もうあとは、ずうっと うな垂れていました。
その間、おばあちゃんは 何かを話し続けていたように思います。

今、考えると 柘植家の長男、跡取りとして、立派な人間に育てようと言う義務感と責任感が ほとばしっていたんだろうと思います。 

どのくらいの時間が経ったんでしょうか…。
数分かもしれないし数時間かもしれません。
   
 「長旅で疲れたろうから、着替えて休みなさい」 
   
と言う言葉に はっと我に帰り、現実に戻りました。

おばあちゃんは寝巻きをどこかから持ってきました。
普段着どころか、ランドセル、教科書、ゴム靴、運動靴等 明日から始まる新生活に必要な物全てが揃っていました。
知らなかったのは僕だけで、大人たちは、皆、こうなることを知っていたのでした。
   
函館、山形と行った旅行も 今になって思えば、 ただの旅行ではなくて、 
 函館……柘植広の弟・三郎夫婦 
 山形……妹・郁子

    彼らに柘植家の跡取りとしての僕を 
    引き合わせるための旅だったのでした。

……もうすっかり観念するしかない気持ちと 長旅の疲れもあって、床に入り、いつしか溢れる涙とともに 眠っていました………。

                                     (続く)

 

 

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