私の人生をかけた健康法
~冷え取り(靴下重ね履き)
生活療法について 

さて、健康な体は 何故、誰のために必要なのでしょうか。

僕は2度目の結婚をしてからそんなことを考えるようになりました。

健康な体は、自分のために必要です。
自分の夢ややりたいことを実現させるため、毎日の生活を楽しく
過ごすため・・・・・

そしてもうひとつ、自分以外の愛する人のため(家族、父母、妻や
子・・・)にも健康な体は必要です。

彼女がもしも病気で倒れたら、と思うと、深い悲しみに浸ります。同じ
ように 僕がもしも病気で倒れたりしたら、そして、死んでしまったら、
彼女がどんなに悲しむだろうかと思うのです。

だから、健康な体が必要なのです。

8月2日のGクレフのピンクボンゴの時の大路さんを見ていた時、とても
悲しく、不安になりました。
健康な体は、自分のためだけじゃなく、周りの人のためにも必要なの
です。
健康な体になるということについて、愛すべきピンクボンゴのファンの
皆さん、そしてすべての人に、もっと深く考えてほしいのです。

どんな人にも愛する人がいます。
そして、愛されているのです。

20代と30代の前半くらいまで僕は、自己中心的で 他人のことを理解
したり、思いやったりすることが できない人間でした。
何人かの人を、傷つけたと思い 悲しい気持ちになります。
今から考えると非常に恥ずかしい思いがするのですが、それは事実
です。
自分の体が、健康でなくなり、治療を続けているうちに、そういう状態
が何か必然のように思われるようになったのです。
何かの本で読みましたが、「神様は すべての人に 必要なものは
すべて与えている。よいことも悪いことも。」
だから、自分にとって悪いことでも、それが長い目で見て、人間性を
高めるために、必要なんだと思えるようになりました・・・・・

僕は38歳で2度目の結婚をしました。

交際していた当時、彼女は谷中に住んでいました。
ある日の午後、僕はぶらぶらと谷中を散策しました。
ふと目に入ったK治療院、何気なく入ってみました。
たまたま予約もなく、ぽっかり 先生の時間が空いていたので治療し
てもらえました。
40分くらい体全体をマッサージのようなカイロプラクティスのような・・・
そして彼女の部屋に帰ると 体中がぽかぽかして血の巡りが非常に
よくなって、横になったのを覚えています。
あ、この人は出来る! と思いました。

結局、K治療院には 38歳から8年間 週1回のペースで通いました。
1回の治療料金は、保険が利かないので、8千円もしました。
通常、カイロプラクティスの料金は、5、6千円でしょうか。
少し高いのですが、あ、この人は出来る!と思い込んだので、無理を
してでも通いました。
結婚して 僕達は、墨田区の緑3丁目に住みました。
週1度、家から 谷中まで、地下鉄に乗り、通いました。

その頃のことです。

僕は、高い治療費のことについて、ひとことも愚痴を言わない彼女に、
心のそこから感謝していました。
地下鉄の駅まで歩く道すがら、村田英雄さんの「王将」という歌の
一節、{愚痴もいわずに女房の小春♪}を 自然に心の中で歌って
いました。

歌というのは、その歌詞の中に
自分の境遇と共通する物を見つけたときに身近になるのだ

ということを悟りました。

僕は20歳のときからずうっと Jazzを勉強してきました。
そしてJazzこそが、最高の音楽だと、思っていたのです。

しかし、王将を心の中で歌っている自分を発見したときに、Jazzだけ
が最高の音楽だという考えに終止符を打ちました。

かのデューク・エリントンが言ったといわれる、
「音楽には上も下もない。
音楽は人の上に人を作らず・・・? 
音楽に貴賎はない、 
じゃなくて、音楽を笑うものは音楽に泣く!
じゃなくて、あ~~~~~~誰か教えてくれぇぇぇぇぇぇぇ」

とにかく そういう言葉もあるとおり・・・・・・

その頃の僕は、例の接骨院で首を牽引した事により、完璧に体を悪く
していました。
握力は、左手が3キロ、右手が4キロしか ありませんでした。
通常 握力は 成人で 40キロくらいでしょうか。
あの、ロン・カーターは100あると言われています。
ギターを弾くと、1分もしないうちに、左手が痺れて冷たくなり感覚が
無くなるのです。
正座をして座っていると、足が痺れる、あの感じです。
そして、トイレに行って、ズボンのチャックを下げようと思っても、片手
だけでは、ファスナーがつかめないような状態でした。
藁をもつかむような気持ちで、1回8千円のK治療院に通っていたので
した。 

 

 

BACK  NEXT