ピンクボンゴ、、、 13

 

 

その日を境に ゲタ夫さんは ココボンゴのステージに 突然 現れて コンガ を演奏するようになりました。

毎回 一生懸命 大路さんとクリスやマーク達と

オーナーの渡辺さんの リクエストと言うか 要求に 答えて 演奏を繰り広げていた ある日

大路さんは キレ ました。

オーナーの渡辺さんは ココボンゴの近く 4、5軒隣くらいに レストランも 経営していて

たまに そこへ 案内されて ご馳走になっていたり していました、

その日も そのレストランでの 出来事でした。

オーナーが 私達の所為で 売り上げが 落ちてしまった! もう 音楽は辞めだ!

みたいな事を 大路さんに言いました

通常 オーナーから クビ を言われたら 

ハイ 分かりました、、、、、、

とおとなしく 引き下がることが多かった 我々の業界で育った私は 少し 驚きました!

ふざけんじゃない!

映画音楽だ シャンソンだ 歌だ ドラムだ 

と言ってきた お前の 要求に応えて 一生懸命 にやってきたのに、、、、、、

と 反論しました。

ボクは 随分 勇気のある人だなぁ と横で観ていて 感心しました。

大路さんの 新しい一面を 観た 思いでした

随分 後で 聞いたのですが 若い頃 ボクシング を習っていたそうです。

だから 大路さんの もう一つのバンド 

クロスカウンター、、、       なんですね

アルトサックスの宮野裕司さん

ベースの 佐々木梯ちゃん

ドラムの 高橋徹ちゃん

の4人で ピアノレスの しびれるような

格式の 高い 大路さんらしい 良い バンドでした。、、、、、、、、、

その ボクシングの腕前を 見ることは 大路さんが 亡くなるまで 一度も 無かったですが、、、、、、

その 財産が 大路さんを 強気にさせていたのかもしれませんね

結局 オーナー 渡辺さんとの 話し合いも 落ち着くところに 落ち着き 後 一月後に 辞めることになりました。

その前に ココボンゴのバンドの名前 

ベーシストのクリスシルバースタインが 

ピンクボンゴ で どうですか?

ボクと 大路さんが ほぼ同時くらいに 

それ!良いね! と叫んだ 経緯もあって

我々の バンドの名前は 

ピンクボンゴ  と 決まっていました、、、

あと 1ヶ月 で 終わるんだ!、、、、、、

と かなり 寂しい気持ちに なりながら

その日は 錦糸町のアパートで待っている

マコ のところに 帰りました、、、、、、

続く、、、

 

 

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